9ヶ月前
1962年の銀巴里セッションからはじまり、90年代の渋さ知らズあたりまでを記してゆく一編。
フリーというと「左翼崩れの団塊の世代のやつね」とかいわれるのはまだいいほうで、「それはなんだ?」と素朴な疑問をぶつけられたりするのだが、かれこれ20年ほどフリージャズを聴いているにもかかわらず、楽理も何もなく、ただただ「かっけー」「すげー」と唸りながら頭を垂れている状態なので、フリージャズはこうだといったお話はできない。
ただそれでは不親切なので、作者自身の考えを引用する。ただし七〇年前後の状況を踏まえた上でのものだ。
